自殺により家族や知人を亡くされた方の癒しになればと思っています。 私は母を失いました。空のかなたで見守ってくれていると信じています。その空のかなたへ・・・手紙よ届け!
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あ~・・・。

今から私が書こうとしている記事は、ものすごくショッキングな内容になりそうです。


これは遺族にとって非常に気になるものであり、且つ、辛い・・・

本当に辛い記事になることは間違いないでしょう・・・。



私自身、とっても辛いです。





私たちの住んでいる日本では仏教がメインといっていいでしょう。

その仏教の教えについて色々調べてみました。

他の文化圏の宗教についても調べてみました。




結果として・・・。


西欧の文化圏において、自殺者の魂は・・・・・・・・・・











救われない・・・。









・・・という結論にしかたどり着いていません(平成19年2月3日現在)






では、仏教ではどうなのか・・・・・・・。



















すいません。結論・・・というか、現在わかっていることだけを記事にすることは、



遺族にとって宙ぶらりんの結果にしかなりそうにありません。





もう少し待っていただけますか?





現状として分かっていることは・・・。









自殺者の魂は、どうしても「未練」が残る最後になるという事。

「未練」が残るとなかなか成仏しきれないという事。



母の葬儀、供養をお願いしたお坊さんは、



「大丈夫です。ちゃんと成仏できますよ」


そうおっしゃっていたのですけど、


どうしてもその言葉が信じられず、文献を調べました。





その結果・・・。





やはり、すぐに成仏するという訳にはいかないようなのです。




勘違いしないでください。


成仏はできるんです。間違いなく!!!



ただ、そこに行き着くまでの方法というのが・・・、



結構複雑なんですよ

(平成19年2月3日現在)


このことは、今、この記事をお読みの皆さんなら、ある程度は予想できたことではないかと思っています。
(不快にさせてしまって申し訳ありません)




しかし、必ず成仏への道があるのは間違いありません。




わたくし、近々お寺に訪問し、その方法を調べてくる決意であります。


宗派別で調べる決意です。




明るいお話が出来るまでもう少し、辛抱願います。




ただ、今の段階でわかっていることがあります。



それは・・・。


毎日、必ず手を合わせ、故人の成仏を心から祈ることだけは絶やさないということです。


これで、故人は少なからず成仏への道を、ゆっくりとではありますが進むことになります。


これだけは忘れないでください。





今回はここまで。


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コメント
この記事へのコメント
初めまして、すずなさん。

丁寧な文を頂きありがとうございました。
また、わたくしの返信が遅れましたことをお許しくださいませ。


自死という行為が自分とは関係の無い存在と考えていたのが、突然身に降りかかってきたとき、人はとまどい、悩み倒し、苦しみ、そして追い詰めてしまいます。

世間で受け入れがたいこの行為を、まさか身内がするとは・・・。
そう思われたことでしょうね。

納得するのは非常に難しいです。

納得したとしたら、それは行為自体を肯定してしまうことになりかねません。

そうなった時、非常に身近な行為として認識してしまいがちですよね。

ですから、納得しなくて良いと思います。


つい最近まで、私は悩み倒してました。
苦しみました。


でも、ある日のことです・・・。

母から教わった料理を作っていたときのこと・・・。

「あぁ、そういえば包丁は・・・こうやって使えっておふくろは言ってたなぁ・・・。

こんなに料理が出来るのも、おふくろの指導の賜物だな・・・感謝、感謝。

おかげさまで年中肥満ですが・・・」

考えながら「クスッ」と笑ったときでしたね。

心が軽くなったんです。
まるで目の前の霧が晴れるような感じでした。

「なんであんなことしたの!」
「苦しくてしょうがないよ!」

その日までは上に書いたような苦言ばかりが頭の中を渦巻いていました。

でも、明るく、楽しい思い出が蘇ったとき、なんだか頭の隅っこでおふくろが笑ったような・・・そんなイメージが浮かんだように思いました。

大不況の嵐が吹き荒れる現代社会。

暗い気持ちで過ごすよりも、少しでも明るく生きていける方法を考えたいものです。

明るい雰囲気はまず、家族に伝わり、それはいつしか幸せの一歩となるでしょうから・・・。


もう、私は自分を見失いません。

前を向いて、幸せの一歩を歩み続けていきます。


とりとめなくなりましたが、これで失礼しますね。



2009/06/30(火) 11:46 | URL | すずなさんへ 管理人 千の風 #-[ 編集]
私は去年の5月に主人を自死で亡くしました。

私は主人が亡くなって数日間は眠れませんでした。
やっと亡くなって初めてウトウトした時に、主人の夢を見ました。

主人はいつものTシャツにジーンズ姿でしたが、何も言いませんでした。
何故か、その時の表情だけは思い出せません。
ただ、怒っている様な雰囲気ではなく、本当に淡々とした感じでした。

そして,首から自分の遺骨をぶら下げていました。
白い布ではなく、毛糸のモチーフ編みのものに、遺骨をぶらさげていました。
そのモチーフ編みのものは、主人の育ての親同然の、亡くなった彼の祖母のものだと、夢の中では思いました。
会った事のない方ですが、夢の中でも、今になっても、
自分でも何故、そう思うのかわかりません。

主人は何にもない、ただずっと広がる大地を歩いて行きました。
草1つなく、鳥もいない。
石がゴロゴロと言う訳ではありませんが、舗装はされていない道でした。
子ども達(私達の子供です)が彼の両側で手をつないで来たので、思わず、私は『私だけを置いてどこに行くの』と追いかけました。
何時の間にか、子ども達はどこかに遊んで走って行ってしまいました。

すると、改札も時刻表も案内の放送もない、ただの駅があり、主人はそこへ入って行きました。

駅員はいませんでしたが、ホームは沢山ありました。
屋根があり、駅の構内にホームがあるので、暗い感じでした。
それは丁度、大きい駅のホームの様でした。
主人は急行や、特急、新幹線(の様に車体が綺麗でした)には乗らずに、他のホームへ行きました。
ホームはどこも人が多く、新幹線(らしき)ホームでは、おしゃべりをしている人も多くいました。
主人は人と争う事は避けるタイプでしたが、何故かあるおしゃべりしているグループの男性を、物凄い怖い形相で睨みつけました。
後にも先にも、主人のその様な姿を見たのは初めてです。

私の知らない男性でしたが、顔ははっきりと今でも覚えています。
思わず、私はやめる様に主人を引っ張りました。

主人はまた歩き出し、あるホームに立ち止まりました。
そのホームは各駅停車の停まるホームでした。

主人がどこかへ行ってしまう焦りで、私は主人に食ってかかりました。

私は行ってはダメなのか!

主人は首を縦に振ったので、私は怒りと同時に、泣きそうになりました。

何で一緒に行けないのか!
そんなに私が嫌いなのか!?

主人はまた首を縦に振りました。

私は嫌われていたのかと、悲しくて泣き喚きました。

私が死ねばいいのか!?

主人は今度は、首を横に振るばかりで、何も言いませんでした。

ただ暗い顔ばかりで、私が喋らない主人に怒り出すと、
主人も怒った様な顔をして、まるで喧嘩みたいでした。
掴みかかって喧嘩したのも、これが初めてでした(苦笑)

そこで目が醒めました。

本当にそれからも、主人の夢はよくみました。
私の気持ちがそうさせていたのかも知れません。
いつも夢では、彼は聞いてくれていますが、無言のまま、気持ちを表情や態度で、伝えてきました。
初めの様な夢ではなく、穏やかに私が話をする事も多かったです。(でも、一方的ですが。)

私は遺書に遺されていた、主人の愛しているとの言葉も信用出来ず、
夢で会うと、主人に聞きました。
私の事が嫌いなのかと。
どうして、私の事が好き?と言う聞き方をしなかったのか、自分でも苦笑してしまいます。

あの時期は、私は生きるのに絶望して、いつ死のうかと考えていました。
好きと言われたら、余計に主人の後追いへと傾倒していたかも知れません。

どんな宗教でも、自死は大罪です。
それは生きている人の為の戒めといった考えもある様ですが…
宗教と言うのは、生きていく上での戒めが多いですしね。

夢を信じるならば、、、
確かに、どこかへは向かう様です。
目的地に早く着けるか、各駅停車で行くかの違いだけなのかも知れないと、私は私なりの解釈を信じています。
と,言いますか、
私の気持ちが、そう考えるしか折り合いがつかなかったのです。

主人は各駅停車しか乗れなかった。
各駅停車の電車は普通の電車ですので、苦痛や辛い修行と言った事はない様に思いました。
目的地に着くのに、かなり時間はかかりそうでしたが…

当時、地獄を彷徨っているのではないかと考えて、宗教や、霊能者に傾倒してしまった事もありましたが、
少し落ち着いた今、自分の考えを大切に出来ます。

勿論、宗教や、霊能者が悪いなんて思いません。
むしろ、それで救われるならば、拠り所にすれば良いと思います。

主人の死に関しては、納得なんて、何もかも出来ない事ばかりです。

どう自分の心に折り合いをつけて、毎日を過ごせるか。
なかなか難しいですが、自分をどうぞ見失わない様に。。。
2009/06/19(金) 00:40 | URL | すずな #mQop/nM.[ 編集]
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パソコン初心者でもおばちゃんでも主婦でも出来る。毎日が副収入。わずか5分睡眠前の簡単作業で日給3万円
2007/02/06(火) 01:41:50 | 一日わずか5分の作業で副収入
自殺によって家族
知人 友人をなくされた方の
癒しになるようなサイト作り
これがこのサイトの主旨です
遺族になってしまった家族の方
手紙を書きたくても手紙を
書けない遺族も多いでしょう
自殺、自死という言葉を見るたび
聞くたび、自殺 自死が蘇る遺族
その苦しさは簡単には想像できない
自殺 自死を経験された遺族の方へ
掲示板の利用で自殺遺族の方が
癒されるような掲示板作り
この世から自殺が無くなれば
自殺遺族も無くなるのに
そして自殺を主とした掲示板も
無くなればいいのに
この隠された文章を読める方が
少しは心の余裕が出来ていることを
切に願います。
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